連れ子がどうしても愛せない…そう思い詰めてませんか?
誰にも言えない悩みだし辛いですよね。私も数年間一人で悩み苦しみました。
そのまま抱え続けてもストレスになる一方。
自分自身が壊れる前に、一旦立ち止まって連れ子に対する考え方を見つめ直してみましょう。
愛せないのに愛する必要はない
自分が愛せないと思っているものを無理やり愛する必要ってないんです。
ピーマンが嫌いな人がピーマンを好きになる必要って別にないですよね。
それは連れ子に対しても同じで、連れ子を愛せないなら愛する必要はありません。
連れ子と言っても子供なんだから愛さないとダメなんじゃないの?って思うかもしれません。
たしかに、世間一般的な感覚で言えば愛さないとダメでしょう。
でも、その世間一般的な意見はあなたの家庭事情を知らないし、連れ子と過ごす苦労も知らずに「連れ子だとしても子供は愛するべきだ」と正義の暴力を振るっているだけです。
ですので、表向きでは連れ子を愛している風にしておいて、内心は全く愛してない。
そんな感じでも良いんです。
可愛くない!むかつく!愛せない!と、正面からぶつかっても消耗してしまうだけですから。
本来、連れ子と生活を共にして育てているだけで立派なことであり、賞賛されるべきだと思います。
そこに愛情があるかどうかは関係ないんじゃないでしょうか。
実子とすら上手くいかない人も多い世の中で、連れ子を愛せなくても家庭が成り立っているなら十分だと思ってみると気が楽になりませんか?
友達感覚でも良いんじゃない?
連れ子は愛さなくても良いとはいえ、愛せない存在が家に居るのも息苦しいものです。
血の繋がりを意識してしまう以上、連れ子のことを本当の子供だと心の底から思うのは不可能だと思います。
本当の子供として受け止めようとすればするほど、連れ子の粗が目立って愛せなくなるんです。
ならば、いっそのこと連れ子ではなく友達として受け止めてみるのはどうでしょうか。
気軽に遊びに誘ってみたり、ゲームに誘ってみたり。
漫画やアニメの話をしてみたり。
急には無理でも「この子は連れ子じゃなくて友達だ」と意識し続けていれば、意外と受け入れることができるかもしれません。
私はアニメが豊富なDMM.TVをアニメ好きな連れ子に与えて、そこからアニメの話をするようになりました。
ほんと友達と話すような感覚で接し続けた結果、今では良好な関係を気付けています。
連れ子を愛してるか?と聞かれると「愛してる」とは言えません。でも、愛せない状態ではなくなっています。
友達として接すれば気軽に過ごせるわけですから、連れ子を愛せないと悩むよりかは各段に楽になります。